誰もが賢者であり愚者である
私が知っていること
私が教えてきたこと
私が学んだ、魔法のこと。
目に見えない領域のこと。
それが役に立たないこともある。
それらは、万能ではないから。
無価値になるときもある。
私が何の役にも立たなかった時代があった。
私は賢者であり、魔法使いだったけれど
恐れが、すべてを壊すこともある。
でも、それでも。
未来がなく、
未来を救えないとわかっていても
それでも、やるべきこと
なすべきことを成し遂げてきた。
それは、誰にでもできることではなくて、
とても偉大なことである。
私は、それを成し遂げてきた。
とても小さなことで、
何の力にもならないようなことでも、
私はその一歩を踏みしめて前に進んできた。
私は、そのことに誇りを感じていいのだ。
例え、時代が変わろうとも。
誰かが、私を罵ったり、
私によって傷ついたり
私のことを『ひどい人間だ、裏切り者だ』
そう言ったとき、私はどうするのだろうか。
過去にあったことも、
もしこれからそういうことが起きたとき、
私は、どうするのだろうか。
私は、自分はひどい人間、
恥ずべき人間であり、
裏切り者だと思って生きてきた。
だから、私が愛されない場所を選んだ。
私に光が当たらない場所を選んだ。
その道は、
正しい道ではなかったかもしれないけど、
もしかしたら私にとって
必要な経験と時間だったのかもしれない。
だから、私は何も後悔はしていない。
けれども、私の真実はこうだ。
私は、誰も裏切っていない。
裏切り者ではない。
私は、自分の叡智を信じて
そして、最善を尽くしてきた。
すべてが、善いこととは言い切れない。
でも私は、意図的に誰かを傷つけたり、
誰かを裏切ろうとしたことはない。
いや、もしかしたらあったかもしれない。
それでも最善を尽くしてきた。
だから、私は、わたしのすべてを赦そうと思う。
私は今、すべてのゆるしの中にいる。
私は、自分のすべてがこの瞬間に
赦されていることを知っている。
私のこれまでの人生に、
何も間違いがなかったとしたら?
私は、何も間違えてこなかったとしたら?
そうだとしたら?
たくさんの人が死んで争いが起きて、
混乱があって、貧困と困難で
人々の尊厳が失われたことも、
悲しいことだけど、間違いではなかったら?
これから起こることの準備だとしたら?
下積みだとしたら?
間違いは起きていないのだとしたら??
私も、この世界も。
すべてのものと、すべての人間が
最終的に、ただの光に戻るのだとしたら?
だとしたら、誰に対しても何に対しても
何の批判も判断もいらないのではないか?
すべての死に意味がなかったとしても
すべての苦しみに意味がなかったとしても
私は、ここで生きていていいのだろうか?
命が与えられていることが、
すべての赦しの証である。
私たちは、もうずっと前から赦されている。
私たちは、最初から赦しの元で生きている。
だから、誰もが自由になっていいのだ。
恐れなくていいのだ、自由を。
⊹𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾⊹
